笠置先生は俺の肩を軽く叩いて、ゴミの片付けを始めた。
話を変えてくれたことに感謝するべきなのに、今度は何故かがっかりしてる。せっかく先生の関心が俺に向いたのに、それがまた消え失せたからだろうか。
( でも、黙ってた方がいい )
この教室で平和に一年を過ごすなら、もうこの話題には触れないべきだ。変わった生徒というレッテルを貼られたら、普通に関わることもできなくなる。もうやめよう。
けど、体は心と真逆の行動をとった。
「どうして俺がゲイだって思ったんですか?」
一歩前に踏み出し、彼の袖を掴む。
やってしまった……。もはや自殺行為だ。正直、恥ずかしさのあまり頭が爆発しそう。
でもこのままで終わらせたくない。せっかく好きな人と踏み込んだ話ができそうなのに、無駄にしたくなかった。
「うーん……」
笠置先生はこっちを向くと、また困ったように頬をかいた。
「いや、最初は半信半疑だったんだよ。俺の勘違いかなって思ってた……でも」
シャツを掴む手を上から握られる。彼の手は暖かかった。
「教室の一番後ろの席から、すごい熱い視線を感じたからさ。毎日毎日……自覚ないんだとしたら、本当に困った奴だと思ってたんだ。お前のコト」
頭が真っ白になる。
でもひとつ確実なことがある。
バレてた。先生をいつも見てたこと────。
「それで、もしかして……もしかすると、俺のことを想ってるのかな、って気がしたんだ。勘違いだったかな?」
「あ……」
勘違い。そう答えて頷けば、ひとまずこの窮状は切り抜けられる。その代わりに、俺はもう先生の視界から除外される。
それは……、やっぱりいやだ。
「……好きです。だめだって分かってるけど、気付いたらいつも先生のことを眼で追っちゃうんです。どうしたらいいのか、俺にも分かんなくて」
こんな告白をする予定は俺のスケジュールの中で一生なかった。こんな時、急に思い出したのは生徒会室に来る生徒達にいつも言っていたことだ。「悩むぐらいなら告白しな」って俺は彼らに言い続けた。なんって無責任な言葉だろう。“その後”どうなるかなんて、俺はまるで考えてないのに。
背中を押して良い気になってた自分が本当にアホだ。
告白って怖い。知ってるのに、忘れてた。
瞼を強く閉じて俯く。先生の反応は……。
「そうか……。嬉しいな」
待ちに待った彼の返事は、とても短かった。あまり驚いた様子もなく、むしろ平静としている。
「あの、驚かないんですか?」
「生徒から告白されるのは初めてじゃないんだ。冗談でからかわれることも多いし?」
「俺は本気です! って言っても、先生は困っちゃうだろうけど……」
大人と子ども。教師と生徒。同じ、男。
問題だらけだ。どれをとっても公には言えない。目には見えない、高すぎる壁が俺達の間に隔たっている。
彼からしたら、付き合う対象に絶対したくない相手。それが俺だ。
この恋が実る確率なんて、ゼロに等しい。そう分かってるから……なるべく明るく笑った。
「今のは……忘れてくださいね。俺、告白しただけでめちゃくちゃ嬉しいんです。だってほんとは卒業まで隠し続ける気だったんたから」
破裂しそうな胸の辺りを押さえ、急いで教室から出ようとした。ところが後ろから襟を掴まれ、首が締まりそうになる。
「待て待て。言い逃げは卑怯だろ、籠原」
首のダメージが強く、激しく咳き込む。でも先生は変わらずに話を続ける。
「俺はお前のことを大事な生徒だと思ってる。だから、危険なことに巻き込まれてるなら全力で守ってやりたいんだ。わかるだろ?」
「は。危険なこと?」
「生徒会だよ」
気にしないのは無理があるぐらい、彼の声が低くなる。表情も心無しか固く見えた。
「生徒会がコソコソ裏でやってる、カップル作りだったか? それを止めてくれたら、お前とのこと……考えてもいいぞ」
「えっ!」
反対に、俺は自分でもびっくりするぐらい高い声を上げてしまった。想定外過ぎるからだ。絶対無理だと諦めていたのに、返ってきた言葉にはまだ希望があった。
一縷の望みかもしれないけど、出来れば縋りたい。けど……。
「会長のやってることを止めろって……先生はやっぱり反対なんですか?
その、男同士が仲良くなるの」