二月十日。肌寒い日はラーメンが食べたくなる。
「ねぇねぇ、日永君と風間君ってチョコ食べれるの?」
「えっ?」
穏やかな昼下がり、鈴鳴は秋と大学の食堂でラーメンを食べていた。その最中、違う学科の女子が話しかけてきた。
思わずむせ込みそうになったが、鈴鳴は水を飲んで微笑む。
「チョコ。うん、普通に好きだよ」
「そーなんだ! OK、ありがとー!」
笑顔で答えると、彼女はまたパタパタと忙しなく去っていった。一体どうしたのか不思議に思ってると、隣にいる秋に頬をつねられる。
「鈴鳴。お前はアホか? そこは嫌いって言えよ」
「え、だって好きだもん……」
ちょっと痛む頬をさすりながら呟くと、秋は大袈裟なため息をついて頭を抱えた。よく分かんないけど、そういうリアクションの良さは嫌いじゃない。
「お前はほんっ……とーに天然記念物級のド天然だな。もうすぐバレンタインだろ!?
だから女達はチョコ渡すために訊いてきたんだよ。テキトーに断っとけば告白されずに済むのに!」
「あ、なるほど」
そういえばもうそんな時期か。ていうか秋の中で告白されることは決定してんだ。
「告白は困るけど、チョコは食べたいなぁ。女の子の作るお菓子ってお店で売ってるやつ並に美味しいじゃん?」
「はっ、そんな呑気なこと言ってんなら独りで頑張れよ。何かあっても助けないからな」
「やだなあ、友達じゃん。……でも良いこと思いついた!
秋、俺達もバレンタインチョコつくろう!! そんで恋人に渡そうよ!」
けっこう大きい声で叫んでしまい、慌てて口を押さえる。でも幸いなことに驚いてるのは秋だけだった。
「チョコォ? 絶対やだね、バレンタインは女が男に渡すイベントだろ。義理チョコとか友チョコとか、俺には一切関係ないね」
「えー、つくろうよ! 矢代さんも絶対喜ぶよ!!」
“彼”の名を出せば秋は必ず反応する。けっこうチョロいところが可愛い。
狙い通り、彼は悩ましげに首を捻った。
「喜ぶかな、先生……」
「喜ぶ!! 命懸ける!! じゃあ俺の家でチョコ作りしようね!」
秋はまだ考えてる様子だったけど、もう問答無用でバレンタイン計画を立てた。だって恋人にお菓子をもらって嬉しくない人なんていないはず。
俺の恋人、和巳さんはチョコも大好きだし絶対テンション上がるぞ。高校までは日本にいたわけだし、バレンタインの風習もわかってるだろう。喜んでもらう企画としては申し分ない。
ワクワクしながら日が経つのを待った。四日後の夕方、材料はしっかり揃えて秋が家に来るのを待つ。
まるで遠足前の子どもみたいだ。インターホンが鳴ったときはすぐに玄関へ向かった。
「よ、邪魔するぜ」
「秋、ようこそ! 今日は和巳さんも外に出てるし気兼ねなくチョコ作りができるよ!」
キッチンにはすでに必要な器具も用意している。秋は感心したように袖をまくった。
「ははっ、やっぱお前すげーな。料理できるやつがいると安心だよ。菓子も何でも作れるんだろ?」
「ううん、お菓子は一回も作ったことない。デザートはホットケーキしか焼いたことないよ」
「なんだよ! めっちゃノリノリだから余裕なんだと思ってた!」
「いや、だって買った方が楽だし」
俺も袖をまくって手を洗う。秋は「やっぱ坊ちゃんだよな」とブツブツ言いながら持ってきたレシピ本に目を通した。
秋は家で料理をまったくしないらしい。料理以外の家事は全部引き受けてるみたいだけど、味音痴なこともあって矢代さんが炊事担当なんだとか。
「鈴鳴、何作る気?」
「ガトーショコラはどう? 定番だけど美味しい!
それにブランデーとか使えばぐんと大人の味になるよ!」
「お、グッドアイディア。それにしよう!!」
ハイタッチして、俺達はノリノリでガトーショコラ作りを始めた。秋は卵白と卵黄を分けるのに手こずったり、俺は和巳さんのブランデーを勝手に使用することに罪悪感を覚えたり、色々あったけど型にはめるところまで何とか辿り着けた。
後はオーブンで焼くだけ。ラッピング用の箱やリボンも買ってあるしノープロブレムだ。
「秋、おつかれ! 案外カンタンだったね!」
「おつかれ! ……だな。あっという間だったよ、メレンゲなんかハンドミキサーでシュババッて感じだもんな。あんなん余裕のよっちゃんだわ」
秋はジェスチャーを交えて可愛く語っている。俺は二つ分の型をオーブンに入れ、何も考えずにボタンを押した。
「秋、焼けるまで飲もうよ! チューハイならいっぱいあるよ」
「いいねー、飲もう飲もう!!」
もう酔ってんのかってテンションで俺達はリビングへ移動し、お酒とおつまみを食べながら盛り上がった。お菓子を作ったことに満足してしまっていた。
一時間後、酔いも一気に醒めるような事件が待ち受けてるなんて……夢にも思ってなかったんだ。