最近、俺はよく小説を書いている。
『あっ……晃成叔父さん、そこは、や……っん!』
『どうして?
一季、本当はこれ好きでしょ? ほら、もう硬くなってる』
硬くなってる。……何が?
いや、そこはあえて詳しく書かない。官能小説は隠喩を上手く使うことでよりエロティックになるとどっかで聞いた。
俺もダイレクトな淫語を使うのは恥ずかしいから、ちょっとオブラートに包んで書いている。
そう、叔父×自分の官能小説を。
「今日はここまでにするか」
長時間パソコンの画面を凝視していたから目が痛い。
書いた小説を上書き保存し、ホームに戻す。そしてUSBを引っこ抜いた。続きは叔父の家で時間を見つけて書こう。
小雨が降る土曜日。
一季は自宅で、最近ハマっている小説の執筆を終えたところだ。
論文ならともかく、芸術文を書いたのは生まれて初めて。しかもその第一作が自分を題材にした官能小説とは、なかなか救いようのない変態だ。
でもしょうがない。現実でどうもがいても上手くいかないんだから、物語の中ぐらいイチャイチャしても罰は当たらないだろう。
「晃成叔父さん、こんにちは!」
傘をしっかり畳み、傘立てに差し込む。
預かった合鍵をしっかりポケットに入れ、一季は今日も晃成の家にやってきた。
先日来た時は綺麗に掃除したのに、もう床に服が散乱している。叔父のだらしのなさは神がかっていた。
「叔父さん?」
しかし誰の声も聞こえない。不思議に思って叔父の作業室に行くと、彼はデスクに突っ伏すようにして眠っていた。
よくあることだ。彼はパソコンへ向かうまでに時間がかかる。しかし一度集中すると、朝まで眠らないで執筆に取り掛かる。
叔父は気持ち良さそうに寝てる。
このとき、良くない考えが脳裏をよぎった。
( キスしてもバレないかな? )
本当にちょっとだけ。ほっぺたに軽いキスがしたい。
そう思って、悪いと思いつつ寝ている彼にキスをした。
( はあぁ……! )
やわらかい。なんて愛おしいんだろう。
やっぱり唇にもしたい……っ!!
「んー。あれ、一季?」
「はいぃっ!」
なんて事だろう、叔父は目を覚ました。
寝起きの顔で辺りをきょろきょろと見回し、それから俺の方を見る。
「来てたんだね。全然気付かなかった。ていうか寝ちゃってたのか」
「あ、はい。叔父さん、仕事してたんだろうけど風邪ひきますよ。あんまり無理し過ぎないで下さいね」
少し屈んで微笑んだ。さっきの下心を隠すために、なるべく温和な笑顔で。
ところが、叔父の顔がどんどん迫ってくる。
「叔父さ……」
それはまるでスローモーションのよう。避けようと思えば避けられたのに、頭は完全に停止していた。
チュ、と鳴る小さな音。頬に当たる微かな感触。
─────彼は、俺にキスをした。
「お、叔父さん……!?」
「困ったなぁ、一季がいると仕事に集中できない。構ってあげないと可哀想だから」
瞼を擦った後、本当に困ったように頬杖をついた。うぅ、やっぱり子ども扱いされてる。
「仕事は絶対に邪魔しないんで、心配しないでください! 俺向こうで昼ごはん作ってますから!」
必死に捲し立てた後、逃げるようにして叔父の部屋から出た。でもドアを閉めたところで立ち尽くし、頬に手を添える。
( 叔父さんからキスしてもらえた…… )
勿論じゃれたような、イタズラのようなキスだけど。やっぱり嬉しい。
こんなことで舞い上がってる、俺は本当に馬鹿だ。
でも、これは自分の意思でどうこうできるもんじゃないんだよな。俺だって、好きな人が叔父さんじゃなければ良かったって思ってる。
普通のお付き合いをするにはハードルの高すぎる相手だ。でも男じゃなくても親戚じゃなくても、彼が俺を好きになる可能性は微々たるものだろう。
俺は何の魅力もない。人見知りなところがあるし、身長も低いから女性の隣を歩くのが苦痛だ。
( いっそ生まれ変わって全部やり直したい )
無理だって分かってるけど、ため息が止まらなかった。昼ごはんを叔父さんに作って、皿洗いをして、掃除して。またあっという間に夜を迎え、俺は夕飯の支度を始めた。
夕飯は鍋にした。煮込むだけで楽だし、寒いときはこれが一番だと思う。
「美味しい。一季は本当に料理上手だなぁ」
「えへへ、良かった」
白菜を頬張る叔父に笑いかける。料理だって彼のために必死で練習したんだ。でも不思議なもので、一旦できるようになると叔父以外の誰かにも作ってあげたくなる。だから最近は家でも家族のために作っていた。
叔父のため、という建前で家事を進んで引き受ける。全て自己満足に近い。
一番こわいのは、叔父がそれをどう思ってるか。もしかしたら、ありがた迷惑だと思ってるかもしれない……。
「よーし、仕事も一段落したし今日は飲んじゃおうかな」
叔父はのそのそキッチンへ向かって麦焼酎を持ってきた。
「一季、明日休みでしょ? せっかくだから一緒に飲もう」
「あ、ありがとう!」
正直、まだ焼酎は苦手だ。けど叔父さんの心遣いが嬉しくてお猪口を受け取る。
酒自体はやっぱり辛くて喉が痛かった。あっという間に顔が熱くなる。
「うはぁ、やっぱ大人の味だね」
「はは、一季も気付いたら好きになってるよ」
そう言うと、彼はまた飲み始めた。
( 気付いたら好きになってる…… )
それは、叔父さんと全く一緒だ。なにか決定的な出来事があったわけじゃなくて、気付いたら彼を意識するようになった。
何をしていても彼のことを思い出す。俺の心の中にいると気付いたとき、彼が好きなんだと分かった。
お酒と一緒かあ……。
辛い焼酎をちょびちょび飲みながら、いつもより陽気な叔父を眺めた。
ちょっとだけ眠くなっていたけど、一時間後にとんでもないことが起きる。
「はー、熱い……」
「叔父さん、大丈夫?」
飲み過ぎた叔父は完全にダウンして、上着を脱ぎ出したのだ。ベッドで寝た方がいいと言っても聞かず、下まで脱ぎ始める。
俺はあまり叔父が飲んでるところを見てないから、酒量の程度も知らなかった。知ってたらもっと早くに止めたのに……。
「シャワーでも浴びようかな……」
「だめだめ、そんな状態で入ったら倒れるよ! ベッドに行こう!」
彼の腕を掴んで引き起こそうとした。ところが足が滑り、床に倒れてしまう。彼の上に乗る体勢になってしまった。
「いたた……ごめん叔父さん、大丈夫?」
打った部分をさすりながら顔を上げる。でも脚の間になにか硬いものがあることに気付いて絶句した。
( 叔父さん……勃ってる )