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初顔合わせ⑵

 

 


不安の海に落ちてしまった。

彼を信じてるけど、果たして自分は彼に信じてもらえているのか。……自信がない。
お玉で鍋の中を掻き回しながら、自分の思考もぐるぐると巡らした。
「家族や親戚から俺と居ることを何で何でって訊かれたらさ。……嫌になっちゃうよね。やっぱり俺なんかじゃ俊紀さんと釣り合わないのかな」
「馬鹿言え! 大体、釣り合うとか釣り合わないとか、そんなことを決める権利は誰にもない。一緒にいるかどうかは俺達が決めるんだよ」
優しい手つきで頭を撫でられる。
これがけっこう好きだ。……無条件で甘えてしまう。

「俺はずっとお前と一緒にいる。ひとりになんて絶対させないから……! そんな泣きそうな顔すんなよ」

彼は何でも許してくれる。俺の願望も我儘も、笑って聞いてくれる。
けど、俺は何も彼に返せない。お雑煮ぐらいしか作ってあげられない。
「お雑煮しか作れない俺なんかでいいのかな? いや、来年のお正月はおせち料理も作るよ。だから俊紀さん、俺と一緒に来年もカウントダウンしてください……
「去年は一緒にカウントダウンしてないけどな。お前0時前に寝たし」
俊紀さんは真顔で答えた後、リビングにいる弘平さんを一瞥した。
……大丈夫。周りに反対されるかもしれないとか、そんなの付き合う前から百も承知だよ。お前だって分かってるだろ?
なんて事ない、いつもの困ったような笑顔。
俊紀さんは気付いてないだろうけど、その笑顔はめちゃくちゃ可愛い。
二人で見つめ合っていた。ところが、突如飛び込んだ声に飛び上がる。

「あのさ、写真とか何もないの?

いつの間にか台所にやってきた弘平さんが、俺達のことを怪訝な面持ちで見ていた。
俊紀さんは慌てて咳払いし、怒ったような照れてるような顔で聞き返す。
「し、写真って?
「もう一年も二人で住んでるんだろ? そのわりには写真とか無いなーって思って」
「スマホで撮ってる。わざわざプリントアウトしないんだよ、今生の別れでもするなら別だけどな」
俊紀さんがプリプリ怒ってるからか、弘平さんは神妙に呟いた。
「相変わらずだな。夕都君の気持ちも聞いてやれよ? 大人げないことばっかして嫌われないように」
「余計なお世話!
従兄弟というより兄弟のような二人の掛け合いに、思わず吹き出してしまった。
「あはは……あ、ごめんなさい。何か面白くて」
慌てて謝る。二人は少しの間こっちを見つめていたけど、顔を見合わせて笑った。
「夕都君に笑われちゃったな。大人げないのはお互いさまか」
「そーだな。もう二十半ば過ぎたし、そろそろ落ち着かないと」
……
何か安心した。最初はよく分からなかったけど、彼らは本当に仲良しみたいだ。

「じゃあ、お腹も空いたしお雑煮食べましょう! 弘平さん、お餅何個食べますかっ?
「俺は三個はいける。俊紀には二個でいいよ」
「何でだよ! お前が二個で、俺と成長期の夕都が三個。それで解決だろ!
「俊紀さん、俺もう成長期じゃないから……

互いにツッコミあって、焼いたお餅を器に入れる。
いろいろ予想外だったけど、これはこれでいいかな。ご飯のときは賑やかな方が楽しい。
食事の用意をして、三人で手を合わせた。
「いただきます。……おー、美味しい! 夕都君すごいね、こんな美味しいお雑煮つくれるなんて」
弘平さんは笑顔で俺に言ったあと、俊紀さんの方を向いた。

「俊紀はろくに料理なんてしないだろうから……夕都君とずっと住みたいってのが本音じゃないか?

おぉ。
彼の際どい台詞に内心ヒヤヒヤして俊紀さんを見る。彼は、きっと上手くかわすと思ったんだけど。
「あぁ。ずっと一緒に住む予定だよ」
はっきりと言いきって、お雑煮のつゆを一気に飲み干した。
「夕都、おかわりよろしく」
「えっ。あ、うん!
狼狽えつつも空の器を受け取り、二杯目をよそう。恐る恐る弘平さんを見ると、案の定固まっていた。……だろうな。それが普通の反応だ。

「は、ははは。ずっと、って……それは冗談だろ、俊紀?
「悪いけど、本気。来年も再来年も、何十年も先まで。俺は夕都と正月を過ごしたいと思ってる。夕都のことは、本気で家族だと思ってんだ」

……っ。

器を持ったまま、つい立ち尽くしてしまった。
以前の俊紀さんなら、ちょっと想像もつかない。
彼は事前の準備が必要なんだっていつも言っていた。TPO第一人間だったのに、こんな不意打ちを仕掛けるなんてずるい。

やっぱり、好きだ。

俺を「家族」だって言ってくれた、彼の眼はとても優しかった。
もうこれだけで充分だ。好きな人が、自分をここまで想ってくれてる。胸が苦しくなるぐらい幸せだ。
でも問題は弘平さんだ。彼は言葉を失って黙っている。怒り半分、驚き半分……かな。
……っ」
俺は何を言われてもいい。覚悟はしてる。でも、もし俺のせいで俊紀さんと弘平さんの仲が悪くなったらどうしよう。

自分がいるせいで周りが不幸になる。それが多分、一番怖い。
心臓が破裂しそうなほど脈を打っていた。兎にも角にも、まず俺が謝った方がいいかもしれない。
「弘平さん、あの……っ」
勇気を振り絞って顔を上げる。すると、何故か二人とも笑いを堪えている様子だった。
何故なのか分からなくて混乱してると、俊紀さんは片腹を押さえながら説明した。
「ははっ……ごめんな、夕都。全部演技なんだよ。弘平は俺達が付き合ってること知ってるし、賛成してくれてんだ。お前を驚かそうって言って、今回は反対するフリをしてたんだよ」
「は?
動きが止まる。
言ってる意味は分かったけど、気持ちの問題だと思う。素直に頷けない。
「本当にごめんね、夕都君。やっぱり簡単に受け入れたら、そっちの方が不安になるでしょ? だからドッキリを仕掛けようって俊紀が提案したんだ」
「なんだよ、弘平もノリノリだったくせに」
二人は笑い転げている。
なんだろう。ホッとしたのも束の間、…………殺意が湧いてきた。

「年明け初のドッキリ、なかなか刺激的だったろ? 今年もよろしくな、夕都」

俊紀さんは笑顔で手を差しだす。調子がいいにも程があるな。

「もう、信じらんない! こんなタチの悪いドッキリ仕掛ける俊紀さんなんて喉に餅詰まらせて天に召されちゃえ!
「何だよその悪口。わるかったって」
「何でもゴメンで済んだら警察いらないんだよ! もう俺は怒った! 実家に帰ります!!
「お前が欲しがってたゲーム買ってやるよ。遅いクリスマスプレゼントってことで」
「あざーす!! さっそく行きましょう、ボス!!

「単純だな……

俊紀さんは呆れながら出掛ける準備を始めた。その横で、また弘平さんが笑いを堪えている。

「仲良いじゃん。安心したよ」
「そりゃ、俺と俊紀さんは運命の赤い糸で繋がってますんで!!

笑顔で答え、俊紀さんに抱き着く。彼もやれやれという顔をしていたけど、最後は笑って抱き締めてくれた。

「だから、大丈夫って言ったろ?

 ……うん。悔しいけど頷いた。

意地悪でマイペースで、だけど頼りがいがあって優しい。

俺はやっぱり、この人じゃないと駄目みたいだ。