「皆、おはよう!」
「おはよーございまーす!」
晴れやかな朝、男子校の教室は活気に満ちている。千草が所属する二年一組の教室も同様だ。担任教師の笠置が朝礼した途端、部屋全体の熱が上がった。
千草の席は窓側の一番後ろだ。寛ぐには最高のポジション。ここからいつも笠置を眺めることが密かな楽しみだった。
たまに目が合う時があって、そういう時は自分でも怖いぐらい心臓が跳ねる。でも教壇からは後方の席がよく見えるらしいし、目が合うのも特段珍しいことじゃないかもしれない。
今はただ、影から彼の姿を見ることが幸せだ。けど最近はよく声を掛けられる。
「籠原は学校楽しいか?」
放課後、授業を終えた解放感からボーッとしてると笠置先生が蛍光灯を二本持ってやってきた。俺のちょうど斜め前の椅子に乗り、既に切れてしまった蛍光灯を外そうとしてる。
手すきなこともあり、立ち上がって新品の蛍光灯を先生に手渡した。彼はありがとう、と言って手際よく取り替える。
「よし、これでOK。ありがとな。……で、学校は楽しい?」
「楽しい。と思います」
「思います、って何」
先生は笑った。
「勉強は楽しくないんで。でも友達と喋ったり、……このクラスにいるのは楽しいです」
何より、彼がいる。いつも笑って優しく話し掛けてくれる。
そっぽを向きながら、両手の指を組んだり離したりした。本音を言えば、彼と同じ空間にいることすら落ち着かないんだ。
意識してしまう。きっと、彼にとって俺は「ただの生徒」でしかないんだろうけど。
「籠原は優しいもんな。他の皆も、お前のこと頼りにしてるよ。籠原は生徒会にも入ってるから……」
先生は淡々と話していたけど、不自然なところで言葉を切った。
不思議に思って視線を向ける。するとさっきよりずっと近くに彼の顔があった。
「笠置先生?」
「なぁ、籠原。ひとつ訊きたいんだけど……生徒会活動ってのは、私的な恋愛相談も含まれてるのか?」
( 恋……っ!? )
「相談て……な、何でそれを?」
「何でって、どでかいポスターが廊下に貼ってあんだもん。他の先生達も皆知ってるよ? でもこれ以上他の場所に貼るつもりなら指導に入る。……かもしれない」
彼は腕を組み、最後だけ低い声で呟いた。
対する俺は驚いて上手く返せずにいた。
いやもちろん、あんだけアピールしてれば教師にもバレてしまいそうな気がしてたけど……指導なんて事になったら大変だ。
俺は内申の為だけに生徒会に入った。そこで問題行動を起こしたと判断されたら本末転倒になる。
「学園内だから、男同士の恋愛ってことになるよな。生徒会は皆ゲイなのか?」
「とんでもない!! あれは全部会長の一存です!! 俺は会長に言われてやってるだけで、ゲイじゃありません!!」
あぁ……。
否定しちゃった。好きな人の前で、本当の自分を。
でも打ち明けたら、最悪もっと幻滅されてしまうかもしれない。だからこれで良いんだ。ゲイじゃないって言っとけば、これからも普通に関われる。
そう思ったんだけど、先生は何故かがっかりした顔で首を傾げた。
「何だ、違うのか。てっきり籠原はゲイだと思ったんだけど」
「は、はいっ!?」
今、何て言った?
俺をゲイだと思ってた、って……?
「なななな何でそうなんですか! 俺が一体何したって言うんですか!」
「いや、別に責めてるわけじゃないけど……そんな泣きそうな顔すんなって」
笠置先生は困った素振りを見せつつ、笑いを堪えている。それによって羞恥心は更に煽られた。
「すごい動揺っぷりだな。お前、嘘つけないタイプだろ」
「つけます! こう見えても嘘は得意です!」
「自慢することじゃないからな、それ。……と冗談はさておき、本当はそうなんだろ? 別に隠さなくてもいいぞ、先生は偏見ないし、絶対誰にも言わないから」
さらに距離が縮まる。
心音が聞こえそうだ。先生は質問口調だけど、目は「聞くまでもない」って言ってる。俺が同性愛者だって、確信してる。
「……っ」
襟元を強く掴んで俯いた。どう答えたらいいかも分からなくて黙ってしまったけど、また焦ったような声が聞こえる。
「あー……わるい、困らせるつもりはないんだ。繊細な問題だもんな。この話はもうやめよう」