それは年明け早々の出来事だった。
めでたく新年を迎えた俺達のもとに訪れた、嵐とも言える存在。
「俊紀さん、たっだいまー!」
今年の四月でもう高校三年生になる。
しかしまだ冬休みの真っ只中にいる夕都は上機嫌で買い物から帰宅した。
いつもなら、そこには恋人がひとり居るだけ。ただこの日は違った。
「お、おかえり……夕都」
自宅のリビングに入るなり目を丸くする。恋人の隣には見知らぬ青年が佇んでいた。
「こんにちは、初めまして!」
客人が来るなんて聞いてないが、夕都は努めて笑顔をつくった。しかし対する青年は怪訝な表情を浮かべ、俊紀に尋ねる。
「俊紀、この子は?」
「あ、えーと。今一緒に住んでるんだ。……高校生なんだケド」
珍しく挙動不審な恋人。彼が目を泳がせながら呟いた途端、青年は鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの怒声を上げた。
「お前、馬鹿か!? 高校生と一緒に住んでるとか……つまり、付き合ってるってこと!?」
「あぁ。そうだけど、これには複雑な事情があるんだ。落ち着いて座れよ、弘平」
二人のやりとりを目の当たりにした夕都は、どう話し掛けていいのか分からず呆然とした。
……この人誰?
そもそもそれが分からない為、話も掴めない。困り果てて恋人に視線を送ると、彼はそれに気付いて両手を合わせた。
「夕都、こいつは俺の従兄弟なんだ。新年の挨拶って言って急にやって来たんだ」
「当然だろ?
お前、去年からほとんど実家帰ってないみたいだし。叔母さん達が心配して、様子を見てきてほしいって言うから来たんだ。……あえて連絡しないで来たらこんなことになってるし。男子高校生と同居って、お前何がしたいんだ?」
なるほど。夕都は心の中で頷いた。
この人は俊紀さんが同性愛者だってことを知らない。そして俺がここに居る理由も知らない。
なら話は早い。別に真実など伝えなくても、適当に言い訳してお帰り頂けば済む話だ。
「弘平さんていうんですね、よろしくお願いします! あとお昼まだですよね?
俺これからお雑煮作るんで、ぜひ召し上がってください!」
「え? いや、そんな気を遣わなくていいよ」
「遠慮なさらず! いつもお世話になってる俊紀さんの従兄弟様がいらっしゃったのに何もしない訳にはいきません!」
「従兄弟様って何だよ」と言う俊紀の台詞を無視して、夕都は台所へ向かった。さっそく雑煮の準備を始めながら、リビングにいる二人の会話に聞き耳を立てる。
「それで俊紀、あの子とはどういう繋がりで一緒に住んでるんだよ。向こうの両親は知ってんのか?」
「夕都の家族は俺と住んでることを知ってるし、納得してるよ。いつまでも一緒に住むわけじゃないし、今だけだから親父達には黙っててくれ」
野菜を切っていた包丁がピタリと止まる。
……今だけ……。
彼の台詞を聞いて、わずかに思考が止まった。
もちろん従兄弟を欺くための嘘だと分かってるけど、彼の口から聞くと変な気分になる。
いつまでも一緒じゃない。
その言葉がやたらと頭の中で反響する。
高校を卒業したら、今よりもう少し彼の力になれると思ってたけど。……やっぱりいくつ歳をとろうが男同士に変わりはない。どこへ行っても世間の目は冷たい。
変だ。
材料を煮て、味付けをしてる間も落ち着かない。味見をしても、やたら薄く感じて醤油を元の分量よりかなり増やしてしまった。
美味しい物を食べさせて満足させる作戦が、これじゃ台無しだ。
焦りながら火を弱めると、後ろからそっと伸びてきた手が髪を撫でた。
「大丈夫か?」
声を掛けてきたのは俊紀だ。振り返ると、弘平はソファに座ってテレビを見ている。うまく撒いてきたみたいだ。
「ごめんな、こんなことになるとは思わなくて」
「ううん。俊紀さんの家族が来ることくらい、ずっと前から予測済みだよ。むしろお父さんやお母さんじゃなくて良かったね」
「あぁ……でも、あいつはあいつで厄介なんだよなぁ」
彼は頭が痛そうに項垂れる。いつもと変わらない彼の様子にちょっと笑った。……けど。
「俊紀さん、は……。俺と、これからもずっと一緒にいてくれる?」