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零話

 

 

 

彼は父の、歳の離れた弟。

 

 

兄弟のいない自分にとっては実の兄のような存在だった。

 

 

「一季は将来、どんな人を好きになるのかなー?」

 

 

今から10年前。大好きな叔父が家に遊びに来た。彼はいつもと変わらない、のんびりとした口調で俺の頭を撫でる。


特に深い意味なんてなかったんだろう。とても素朴な未来の疑問を口にしながら微笑んだ。

俺はここぞとばかりに強く言い切ったのを覚えている。
 


「好きな人ならもういるよ。恒成お兄ちゃんが好き!」

 

 

誰よりも優しい人。今まで知らなかった感情をたくさん教えてくれた人。

 

好きだ。
昔の自分は、一切の迷いなくそう繰り返した。それを聞いたときの、叔父の顔が未だに忘れられない。

 

 

「そうかぁ……嬉しいな。じゃあ一季が大人になったら、お嫁さんとして迎えに行くよ」


 

彼は確かに、そう言っていた。

 
 
けど十年後、大人になった自分はそれがただのお世辞だったと知る。
当たり前だけど、無邪気な子どもをあやす為のただの可愛がりだったんだ、と。