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光のプレゼント⑴

 

 

 

「あぁ。朔、もうクリスマスじゃない?」

「そうだな。別にもうワクワクもしないけど。クリスマスったって普通に仕事入ってるし」

 

とはいえ、一歩街に踏み出せばどこもクリスマスカラーに染まり、明るく軽快な音楽が聞こえてくる。

そこかしこにクリスマスの文字が書かれているもんだから、忘れたくても忘れられないというのが正直なところだ。

 

奈津元朔は恋人の新堂晃久と駅ビルで買い物をした後、カフェで休憩しながら窓の外を眺めた。

もう夕方、これから空は暗く染まりそうだが雲が多い。どちらかといえばこれから雨が降りそうな不安に駆られた。

 

「やっぱ朔も仕事かぁ……」

「も、ってことは晃久もか。会社員にはクリスマスなんか関係無いよな。むしろ忘年会や新年会の準備で忙しいんだろ?」

「そうだな。会社のだけで三つ四つ予定入ってるよ。あんなもん一回で終わらせてくれたらいいのに……絶対、みんな飲んで大騒ぎしたいだけ」

 

そう言って、晃久はまだ湯気の立ってるエスプレッソを口に含む。

 

彼が仕事の愚痴を零すことは少ないので、朔は少々新鮮な気持ちで彼を盗み見ていた。

同い年とはいえ、職種も立場もまったく違う。

昔と変わらない頭の良さでテキパキと仕事をこなす。晃久はあまり感情を出さず、黙々と取り組むタイプだ。

 

もし自分が彼と同じ職場で、そこで初めて会ったとしたら、気後れしてしまうだろう。同時に、仕事だけのつまらない人間だな、と思う。

けど実際は違う。

学生の時から付き合いのある彼の本当の顔を、自分は知っている。

気さくで、優しくて、怒るところは怒るけど結局恋人の自分に甘い。新堂晃久はそういう人間だ。家の中じゃベタベタしてきて鬱陶しいぐらい、温もりに飢えている。

 

今日みたいにお互い休日が重なって、用事のない日は貴重だ。

 

どうせなら家でゆっくり過ごそうかとも思ったが、晃久が新しいタブレットが欲しいと言うので駅まで出てきた。それも無事に買えたし、あとは……帰ってから夕飯の献立を考えないと。

 

「朔、欲しいもんとかないの?」

「どうして?」

「せっかくだから、何かプレゼントするよ。クリスマスは仕事だけど、雰囲気ぐらい楽しんでもいいじゃん?」

 

朔は飲み切ったカップを見つめて、それから頬杖をついた。少し前かがみになってるせいか、正面の晃久と距離が近い。様子としては、男二人でこそこそ話をしているように見える。

 

「プレゼントね。嬉しいけど、いらないよ。俺って案外物欲ないんだ。お前みたいに常に格好に気ぃ遣わなきゃいけないわけじゃないし、最低限の服と仕事道具だけあれば困んない」

「物をあげても喜ばないかぁ。それはそれで悩みどころだな」

「だから考えなくていいってば。俺は、お前がいれば他に何もいらないし」

 

お……そうそう、このセリフ一回言ってみたかったんだ。

ちょっと期待しながら晃久の反応を窺うと、彼は照れるでも喜ぶでもなく、難しい顔をして腕を組んでいた。

 

「晃久? あれ、白けた? 俺的にはなかなか良い台詞をチョイスしたつもりなんだけど……」

「えっ? ……あぁ、嬉しいよ。ありがとう」

 

彼は笑ってそう言ったけど、どう見ても反応は薄い。今のは失敗だったか。

でもおかしいな。いつもならちょっと優しい言葉をかけただけで大喜びするのに。


まぁ今の台詞はテンプレ過ぎて、彼には響かなかったんだろう。

深く考えることはやめて、その日は家に帰った。

 


12月25日は平日だった。

 

せめて金曜の夜ならもう少しテンションも上がっただろうに、もっともブルーな月曜日。多くのカップルは昨日の日曜日に楽しい思い出を作ったんじゃないかと思う。

 

塾講師のバイトをしている朔は生徒達が休みの日曜日こそ忙しく、家に帰ったときは疲労困憊ですぐに眠ってしまった。だから晃久とはろくな会話もせず、クリスマスを迎えた。

( 朝は晃久が忙しそうだったし…… )

今日は大事な会談が入ってるとかで、コーヒーしか飲まずに出て行った。もしかしたら残業してくる可能性もある。本当、会社員は辛いな。

 

しかし自分も、そろそろ先の事を考えねばならない。アルバイトではなくて、せめて契約社員でもいいから就職しないと。 

保障が無くても自由気ままにやっていられるのは元気が取り柄の若いうちだけだ。これからは無難に会社勤めをする時代。

 

そういえば学生の頃、一番なりたくないのが平凡なサラリーマンだった。

決まった業務をこなし、上司に顎で使われ、疲れきった顔で電車に揺られる。父親がまさにその代表だったから、なおさら嫌になってしまったのかもしれない。

 

それぐらいなら現場でもいいから、何か専門的な職種に就きたかった。唯一、学校の教員にだけは興味があったけど……在学中は遊び惚けて試験勉強を疎かにし、笑えるぐらい合格ラインには届かなかった。にも関わらず、何とかなるだろうとタカをくくってまともに就活をしなかったのだ。

それから今のバイトを始めて、何人かの男と付き合った。どれも共通しているのは、自分以上に生活力のないヒモ男ということ。

 

大学以降にできた友人は、どこか無鉄砲で気まぐれで、他人に干渉しない奴らが多かった。お節介が嫌われるのはよくあることだけど、言い換えれば情に薄い。自分の事で手一杯で、友人のことに関して必要以上に口を出してくる奴はいなかった。

 

だから晃久は特別なんだ。

 

突拍子もない馬鹿を言って、ふざけ合えた高校時代の親友。気を遣いすぎることもないし、見栄を張ることもない。本音を交わして関われる。 

そういう存在が最終的に自分の心を埋めてくれて、何物にも代えられない大事な人となるんだ。

絶対に失いたくない無二の親友。今は、家族にも近い……同じ家で暮らす恋人。

 

「奈津元せんせー、さいならー!」

 

入り口近くのキャビネットから教材の確認をしていると、中学生の男子生徒が笑顔で通り過ぎた。

 

「あ、ちょっと待って。これもらった? クリスマスのお菓子」

 

受付に置いてある、お菓子がたくさん入ったラタンの籠を手に取る。毎年、クリスマスには用意して生徒たちに配ることになっていた。 


「もらってない!」

「そんじゃ、一掴みどうぞ」

「よっしゃ、……ねぇ先生、クリスマスだけど彼女とどっか行かないの?」

「彼女はいないからね」

「へぇ、てっきりいると思ってた。だって先生、たまにすごい幸せそうにため息つくんだもん」

 

その台詞には正直参った。大体、幸せそうなため息って何だ。矛盾してる。

「いいから、次もちゃんと宿題やってこいよっ?」

「はーい!」

陽気な生徒を送り出して、籠を置く。朔はため息をついた。

せっかく仕事に集中していたのに、また“彼”のことを思い出してしまった。

 

離れていても想い合っているというのは、今までは甘ったるい恋愛映画の世界だけだと思っていた。それが今、自分が主人公になったような錯覚を起こしている。

いや、実際恥ずかしい存在に成り果てているんだ。仕事中に恋人の事を考える、不謹慎な人間に変わった。

今まで付き合ったどの恋人にも、こんな感情は抱かなかった。晃久は本当に特別なんだな。

 

早く彼の顔を見たい。安心したい。

抱きしめたい、甘えたい。

なんて恥ずかしい欲求だろう。

 

自分のこの変わり具合が恐ろしい。

 

「はぁ……」

 

会いたい。

 

そう思ったら落ち着かなくなった自分自身に、ため息が止まらなかった。