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ある冬の憂心

 

 

季節は暖房が恋しい12月。

二人にとっては付き合ってから初めての冬がやってきた。

しかしこれといって大きな変化もなく、平和な毎日を送っている。今日も変わらず、いつもの駅前で待ち合わせをした。ところが。

 

 

「うわあああぁぁぁ!」 

「うわあぁ! もう、急に何だよ!?」

 

ひとつ歳上の恋人、圭一は俺の顔を見るなり絶叫した。

 

「湊、俺……今湊の顔を見た瞬間、大変なことを思い出した! ……いや、でもそれはいいや。学校おつかれさま。今日も可愛いね~。何を食べたらそんなに可愛くなるのかな? 不思議でしょうがないけど、まぁ俺は可愛い湊を食べることができればそれでいいんだ。他は何一つ望まないよ」

「サンキュー。何が言いたいのかさっぱり分かんない。たまには日本語で話してくれよ」

 

が歩き出すと、圭一も一緒に並んで歩き始めた。ついでに、手も。半ば無理やり繋ぎ合い、男二人でおかしな光景を生み出してしまっている。

湊は密かに頬を掻く。もう何回彼と寝たか覚えてないが、人目のある場所というのは一向に慣れない。せっかく一緒にいられるのに、羞恥心が邪魔をして冷たく突き放してしまうことが多い。それが自分自身歯がゆく、また申し訳なかった。

 

自分達は今、“恋人”なのに。

 

関わり合いのない他人を気にして大事な人を傷つけるなんて、そんな馬鹿馬鹿しい事があって良いのだろうか。いや、良い悪いの話ではなく、現実問題彼に冷たく当たっているんだから直す努力をしなければならない。

 

しかし未だに湊は人目を気にしてしまう。映画や遊園地のような定番のデートスポットじゃなくても、彼と一緒にいるだけで他人の視線を感じてしまうのだ。

ただの気のせいだと思う。自意識過剰。そう分かっていても、無意識のうちに周りを見回してしまっている。

 

「圭一はさ……誰かに見られてるなぁー、とか思うことある?」

 

ついつい恋人を試すような質問を思いつき、そのまま口に出した。すると、

 

「え? そんなの365日、24時間思ってるよ! どこで何をしても、老若男女問わず視線を感じる。それに声も聞こえる。“あぁ、あの人かっこいい。高校生だろうけど、座ってるだけなのに気品があって輝きに満ち満ちている。どうしよう、せっかくだし名前を訊きに行ってもいいかな。失礼じゃないかな……?” って心の声がね。名前? もちろん訊きに来てくれて構わないよ。俺は日戸圭一。二葉高校三年二組、風紀委員会所属で生徒会会ちょ」

「ちょっと黙ってくんない? 頼むから」

 

自分から訊いたものの、圭一が言い終わらないうちに切り捨てた。多分、ここで止めないと彼はあと数分はプロフィールを事細かに話す気がする。

 

「アンタはいいよね。誰かに見られてても気にしないし、それは全部自分に好意を持ってるから、って都合よく解釈するんだろ? 俺もそうなりたいよ。それぐらい傲慢不遜に生きてみたい」

「どうしたの、湊にしては難しい言葉つかったりして……あっ! もしかしてストーカー!? 湊、変態に付きまとわれてる!? 何でもっと早く相談してくんないのさ! 視線を感じ始めたのはいつごろから? 無言電話は一日何回かかってくる!?」

「話を飛躍させんなって。俺に付きまとう変態はアンタだけだし、……単純に、俺が人目を気にしちゃうから嫌になっただけ」

「どういうこと?」

「圭一と色んなとこへ行けば行くほど、周りのカップルが目に入る。普通は男と女で歩いてるだろ。でも俺達は男二人で、距離が近いし、今みたいに手を繋いでるときもある。それを見られるのが怖いっていうか、何ていうか……女々しいって分っててるけど、不安なんだ」

 

我ながらひどい弱音だ。そういった不安と一生付き合っていくと決めて、彼と付き合ったのに。

 

笑われるだろうと予測してると、案の定隣から明るい笑い声が聴こえた。

 

「湊はほんと、意外と繊細なんだよね。うん、女の子みたい」

「ありがとう。最高の貶し言葉だよ」

「まぁまぁ、怒らないで。それが普通だからさ……俺みたいに、恋人になれただけでいつまでも舞い上がってる人間の方が少ないんだ」

 

舞い上がってんの? と訊くと、彼は黙って頷いた。

 

「未だに、湊と付き合えたことが嬉しい。寝る前に湊のこと考えると眠れなくなるんだよね。あぁ、早く朝が来ないかな、って思って」

 

遠足前の子どもか、って笑いそうになる。けどそれ以上に、どうしよう。……何かむちゃくちゃ嬉しい。

 

「アンタって、ほんとさぁ……反則だわ。もう、存在が罪」

「えぇ~、そんな中二病みたいなこと言っちゃう? 確かに俺も、美しいって罪だと思うけど……」

 

相変わらずのペース。彼は俺が抱いている不安なんてまるで縁がないようだ。

それが腹立たしく、同時に嬉しい。俺と一緒に外を歩くことを、彼はこれっぽっちも不安に思ったりしてないんだ。

 

じゃあやっぱり、変わらないといけないのは俺の方。強くならなきゃ。

 

「しばらく、高慢な勘違いしててよ。俺もそうなれるように頑張るから」

「湊、何か怒ってる? あ、俺だけが羨望の眼差しを受けてることに拗ねてんだね。大丈夫だよ、湊は世界で一番かわいい! 世界で一番かっこいい俺が言うんだから間違いない!」

「はいはい」

 

 

本当、思い上がりの激しい。

変態でナルシストで、俺より歳上のくせに誰よりもかわいい…………困った恋人だ。