「恒成叔父さん。俺と付き合ってください」
冷たい北風が通り抜ける。自分と彼の間にも同じ風が割り込んで、何事もなかったかのように通り過ぎていった。
吐く息は白く染まり、薄れて景色に透過する。“今”はあっという間に姿を晦ます。
勇気を振り絞った告白すら、言い終えるとひどく陳腐で虚しい独白に聞こえた。とても、隣で缶コーヒーをぐびぐび飲んでいる青年に届いたとは思えない。
デートにはうってつけの21時、東京湾を眺望できる有名な公園の展望台に来ていた。普段ならベンチはどこも幸せそうなカップルが占拠しているのに、今日は運よく誰もいない。告白するなら最高のタイミングだと思ったものの、聞こえるのは波の音だけ。静かすぎる状況が逆に辛い演出となって自分に跳ね返ってくる。
微妙だ。場所もタイミングも、何もかもパッとしない。かといって他に良いプランがあったのかと訊かれれば、答えはNOだ。どれだけ最高な環境とタイミングを狙っても、目の前の青年は眠そうに項垂れるだけだろう。
八坂一季は大きく息を吸って、夜の冷たい空気を肺に吸い込んだ。
そしてベンチに座って遠くの光を眺める青年、同本恒成の前に膝をついて缶コーヒーを奪い取る。
「叔父さん、今俺が言ったこと聴いてました?」
「聴いてたよ。付き合って、でしょ。いいよ。今度はどこに行きたいの?」
あぁ、すごい。やっぱり期待を裏切らない回答だ。一季は頭を抱えて白いため息を吐いた。
「そうじゃないんです、叔父さん。俺が言ってるのは、恋人として、一生を共にしたいってこと! 俺は叔父さんと恋愛関係を結びたいんです!」
周りに人がいなくて本当に良かった。こんなことを大声で話すのは大問題。
自分達は“男”だし、くわえて血縁関係がある。にも拘わらず、一季は自分の感情をコントロールできずにこんな大胆な告白を決行したのだ。
一季は今日誕生日を迎え、めでたく20歳になった。そして恒成は、一季より14歳離れた叔父である。世間から見れば、ただの叔父と甥の関係……しかし一季は、叔父の恒成に惹かれていた。
優しいから好きとか、格好いいから慕っているとかいう微笑ましい話ではない。恋愛感情として、彼をひとりの男として想い続けていた。
叶うなら今すぐ押し倒したい。無理やり顎を掴んで、その虚ろな瞳に自分だけを映してやりたい。
けど、手荒な真似をして彼を傷つけるようなことはしたくない。例え、彼がどれだけ恋愛に疎くて、人に無頓着で、寝ることにしか生きがいを見出していなくても。
「叔父さん、10年前に俺と交わした約束覚えてる?」
「ごめん。覚えてない」
「俺が叔父さんと結婚したいって言ったら、未成年との交際はいろいろ問題があるから20歳になるまで待つように言ったんですよ。大人になったら、俺と付き合ってくれるって約束してくれた。だから20歳になった今日、告白したんです。男同士っていうのは確かに問題があるけど、年齢的な部分はもうクリアしてるでしょ?俺、叔父さんのことが好きなんだ」
一季は缶コーヒーをベンチの端に置き、恒成の手をとる。まるで王子が姫の掌にキスをするように、小さく音を立てて口付けを落とした。
「叔父さん、もう一度言います。俺と付き合ってください」
「ドライブならいつでも付き合うよ。でも今日は冷えるしそろそろ帰ろうか」
恒成はコーヒーを取って立ち上がると、一季の横を通り抜けて駐車場へ戻る階段を下りていった。しばらく進んだところで、動こうとしない一季の方へ振り返る。
「何してんの。ほら、帰るよ。誕生日なんだし、早く帰ってケーキ食べないと」
「そっ……そうですね。帰ります!」
一季は声こそ震えていたが、表情は告白する前よりも笑顔だった。
( 大丈夫。返事をもらったわけじゃないし……まだフラれたわけじゃない! )
無理やりポジティブに切り替え、叔父の後を追う。
今日は大人の仲間入りを果たした記念日とも言えるけど、まだまだ叔父という人間を理解するには時間がかかりそうだ。
でも、いつか必ず振り向かせてみせる。
眠そうに欠伸する恒成を横目に、一季は強く決意した。