一季は高校を卒業してすぐにIT会社に就職し、システム運用のエンジニアとして働いている。ただし実家暮らしの為、それなりに融通のきく生活を送っていた。
休日はもっぱら、叔父の恒成の家に入り浸って彼の代わりに家事をこなす。会社から比較的近い為、一季は仕事が終わると一番に彼に会いに行っていた。
恒成はフリーライターとして自宅で仕事をすることが多い為、大体家にいる。というより、打ち合わせなど大事な用があるとき以外は外出を嫌がって、ほとんど引きこもり状態にあった。収入はその月によって二倍近く変わる。安定している時期もあれば、家賃を支払うのに精一杯という時もある。彼が三十半ばで独身なのは、これもいくらか関係している。
しかし、第一に彼は男しか愛せない同性愛者だ。女性と深い関係に発展することはまずない。幼い頃から彼をよく見ていた一季は確信していた。
ロマンチックなムードは病院送り、短かった夜のドライブを終えて、一季は恒成の家に戻ってきた。もしさっきの告白が受け入れられていたら、今頃二人でベッドに倒れ込む展開になっていただろうに。ため息が止まらない。
そうして肩を落とす一季の心情など知る由もなく、恒成は冷蔵庫の中からワンホールのチョコレートケーキを取り出してきた。
「一季、ケーキ食べるよ。電気消して」
「え? あぁ、うん」
彼に言われた通り部屋の明かりを全て消す。恒成はそれにお礼を言った後、ケーキにささっている蝋燭に火を灯していった。暗い部屋の中で、十本の蝋燭がゆらゆらと辺りを照らしている。
二十歳の誕生日だけど、蝋燭は十本か。なんて文句を言うつもりはない。彼にお祝いしてもらえるなら、ケーキもプレゼントもいらない。
一季は家族に、今日は友人と飲んでくると話していた。まさか血縁関係にある叔父に告白をして、そのまま彼の家でこんな風に寛いでいるなんて夢にも思わないだろう。
常識の外にいる自覚はある。道徳に反している罪悪感。そして、それを打ち負かすほどの高揚感。
こんなときに、どうして自分は同性愛者なんだろう、と考えてしまった。どうして、叔父も同性愛者なんだろう。いっそ異性愛者なら、清々しく諦めることができるのに。
男を好きになれるのに、彼は自分を好きにはならない。それがたまらなく辛くて、歯がゆい。
自分勝手な願望だと思いながらも、やりきれない葛藤に揺れた。
「一季。二十歳の誕生日おめでとう」
「はは、ありがとう」
成人式は来月。でも行かない可能性が高いな。行ったって偉い人の話を聞くだけだし。
どうせあと六十年ぐらいで終わる人生なら、一秒だって長くこの人と一緒にいたい。その発想はまるで依存だ。怖いし、笑ってしまう。叔父はこんな自分の気持ちを一ミリも分かってない。
分かってほしいけど、絶対ドン引きされる。これはまだ心の奥底に仕舞っておこう。
「ほら、早く火消して」
叔父さんは自分の事のようにわくわくしながらこちらを見ている。一応深く息を吸って、一息で全ての蝋燭の火を消した。あぁ……こんなことしたの、中学生以来だ。
「そういえば、叔父さんって甘いもの苦手じゃなかったっけ?」
「あぁ。でも、たまにならいいんだよ。それが可愛い甥の誕生日なら、なおさら記念に食べたくなる」